1 御言葉を通して神様に出会えるように願う
聖書を読み始める前に、少し時間をとり、語りかけてくださるよう神に求めましょう。そうすると、読み進めるうちに、何らかの考えが思い浮かぶかもしれません。神の愛について読むうちに、あなたは心動かされるかもしれません。
2 悔い改めをもって聖書を読む
聖書を読むのは、情報を得るためや、何かを証明するために読むのとは違います。御言葉に従順になると決心しましょう。自分の栄光と、他者に反論するためという、間違った理由で聖書を読むなら、かえってダメージを受けます。
3 比較的短い箇所や物語を黙想する
聖書を読むときには、ゆっくりと進む必要があります。御言葉の短い箇所にじっくり浸ってみてください。数節くらいがいいでしょう。その箇所を大恋愛中のラブレターを読むかのように、じっくり読んでください。読んだ箇所の中からいくつか特に心に響く語句があるかもしれません。それらの語句をとおして神が何かを語ろうとなさっているのか、尋ねてみましょう。
4 一日につき、一つの思い、あるいは一つの聖書箇所だけにする
御言葉の一節を選びましょう。それをその日の御言葉として、一日思いをめぐらせます。たとえば、詩篇46・10「やめよ。わたしこそ神であることを知れ」を選ぶとします。この言葉を思いに留めながら一日を過ごします。「今日は、できるかぎり、静まるようにします。自己弁護をしたり、私の願いどおりに他人に私のことを見てもらおうとしたりしません。今日一日、自分の思い通りにしようとしません。今日一日、何かを決めるときには、御声を聴くようにします。
5 この思いが自分の記憶の一部になるようにする
御言葉を暗記することは、もっとも強力な方法の一つです。大切なのは、いくつ暗記するかではありません。御言葉の暗記も、目的に到達するための手段に
過ぎません。
単なる人間にすぎない者が、イエスが言ったようなことを言ったとしたら、そんな者は偉大な道徳的教師どころではない。彼は精神異常者か(中略)さもなければ、地獄の悪魔か、そのいずれかであろう。 | |
ここであなたがたは、どっちを取るか決断しなければならない。この男は神の子であったし、今もそうだ、と考えるか、さもなければ、狂人もしくはもっと悪質なもの、と考えるか。彼を悪鬼として打ち殺すか、さもなければ、彼の前にひれ伏して、これを主また神と呼ぶか。 | |
そのどちらを選ぶかは、あなたがたの自由である。しかし、彼を偉大な教師たる人間などと考えるナンセンスだけはやめようではないか」 | |
ケンブリッジ大学教授 C・S・ルイス |